2009年7月 4日

第30回文学碑記念の集い

恒例の『文学碑記念の集い』もいよいよ第30回を迎えました。

この集いは、昭和54年に大阪市が口縄坂に織田作之助の文学碑を建立したときに、父足高克巳が、記念に文学碑の集いを始めたら?と創案したのが始まりです。このアイデアを、当時の大阪市の教育委員会の有田課長さんに提案、ご快諾を受けたのを機に、足高会幹部役員でもあった近くの太平寺の桑原前住職さんに会場をお願いしてスタートしたのです。

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織田作之助の文学碑

父克巳は今日まで1回も欠かさず参加し、冒頭のご挨拶でこの始まりの歴史を話すことを楽しみにしておりました。ただ、この記念すべき第30回は、どうしても都合が許さず初の欠席。本人も非常に残念がっていましたし、当日の講師の成瀬國晴さんとは20数年前に、盆踊りのスタッフTシャツ、豆絞りの手ぬぐい、うちわに自分の似顔絵を描いていただいたご縁があり、どうしても会いたいと思っていました。

講師の成瀬さんは、ご自分がお住まいになっていた「大阪、ミナミ」を中心に織田作の作品とミナミの関わりを、まるで当時の地図が脳内を巡るかのような展開でお話されていました。

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講師の成瀬國春さん

また、現在の整備された口縄坂の南側側溝の途中が少し段差を大きくしているのは、『昔は坂のそばのせせらぎに小さな滝があった』と太平寺前住職からお聞きし、その夕陽丘の歴史といにしえの思い出を活かすために私なりの工夫をさせて頂いたものです。

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口縄坂の側溝。いにしえの『滝』をイメージして
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司会の笑福亭小つるさん